まず仕組みのおさらい
選択制では、既存の給与の一部を「生涯設計手当」などの原資に組み替えたうえで、従業員が「掛金として積み立てる」か「そのまま給与で受け取る」かを選びます。掛金として拠出した分は給与ではなくなるため、社会保険料や所得税・住民税の計算対象から外れます。
これが「手取りが増える」「会社の社会保険料負担も増えない」と言われる理由です。ただし、「社会保険料の計算対象から外れる」ということは、「社会保険の給付を計算するときの土台も下がる」ということです。ここが本題です。
標準報酬月額が下がると、何が減りうるか
社会保険の給付の多くは、標準報酬月額をもとに計算されます。掛金に回した分だけ標準報酬月額が下がれば、以下の給付に影響が出る可能性があります。
| 給付 | いつ受け取るもの | 影響 |
|---|---|---|
| 老齢厚生年金 | 原則65歳以降、生涯 | 報酬比例部分が減る可能性 |
| 傷病手当金 | 病気・ケガで働けないとき | 日額が下がる可能性 |
| 出産手当金 | 産前産後休業中 | 日額が下がる可能性 |
| 障害厚生年金 | 障害の状態になったとき | 報酬比例部分が減る可能性 |
| 遺族厚生年金 | 死亡したとき(遺族へ) | 報酬比例部分が減る可能性 |
| 育児休業給付 | 育児休業中 | 賃金が下がることで減る可能性 |
| 基本手当(失業給付) | 離職後 | 賃金日額が下がり減る可能性 |
※影響の有無・程度は掛金額や等級の区分によって変わります。等級が変わらない範囲の拠出であれば影響が生じない場合もあります(要確認)。
とくに見落とされがちなのが、育児休業給付と失業給付です。これらは標準報酬月額ではなく賃金額をもとに計算されますが、掛金に振り替えた分は賃金から外れるため、同様に影響しえます。これから出産・育児を控えている社員には、この点を必ずお伝えすべきです。
根拠:健康保険法(傷病手当金・出産手当金)、厚生年金保険法(老齢・障害・遺族厚生年金)、雇用保険法(基本手当・育児休業給付)ほか。具体的な計算方法は各法令および実施機関の取扱いをご確認ください。
標準報酬月額以外のデメリット
1. 原則60歳まで引き出せません
確定拠出年金の資産は、原則として60歳になるまで引き出せません。住宅購入の頭金、子どもの教育費、急な医療費——いずれにも使えません。「積み立てているのだから、いざとなれば」という感覚で拠出すると、後で困ります。
ライフイベントが近い年代の社員には、「まず生活防衛資金を確保してから、余力の範囲で」とお伝えしています。
2. 運用商品によっては元本割れします
運用の指図は加入者自身が行い、結果は加入者が負います。投資信託を選べば元本割れの可能性があります。元本確保型を選ぶこともできますが、その場合は手数料との兼ね合いで実質的に目減りすることもありえます。
3. 口座管理手数料がかかります
企業型DCでは口座管理手数料が発生します。会社負担とするのが一般的ですが、少額の掛金だと手数料の比重が相対的に大きくなります。月数千円の拠出であれば、メリットが出にくいケースもあります。
4. 転職・退職時に手続きが必要です
退職したときは、資産を転職先の企業型DCまたはiDeCoへ移換する手続きが必要です。手続きをしないまま一定期間が過ぎると、国民年金基金連合会へ自動移換されます。自動移換の状態では運用ができず、手数料だけが差し引かれていきます。退職時の案内を会社側で徹底する必要があります。
5. 住民税・所得税が下がることの副作用
課税所得が下がることは通常メリットですが、住宅ローン控除を満額使っている方の場合、控除しきれる所得がそもそも減るため、節税メリットが想定より小さくなることがあります。また、収入証明が必要な場面で、額面の給与が下がって見える点も留意事項です。
それでも、向いているケースはあります
デメリットを並べましたが、選択制が不適切な制度という意味ではありません。以下のような場合には、合理的な選択になりえます。
| 向いているケース | 慎重に考えるべきケース |
|---|---|
| 60歳まで10年以上あり、当面の大きな出費予定がない | 数年内に住宅購入・教育費のピークがある |
| 生活防衛資金が別途確保できている | 貯蓄がほとんどない |
| 退職金制度が他にない | 近く出産・育児休業を予定している |
| 課税所得が一定以上あり控除の効果が見込める | 課税所得が小さく控除の効果が限定的 |
会社としてやるべきこと
選択制を導入する会社側の責任は、「入れること」ではなく「正しく判断できる状態をつくること」です。具体的には次の3点です。
- 説明会でデメリットを先に説明する。メリットだけの説明は後々の不信につながります
- 加入を強制しない。選択制はあくまで従業員の任意です
- 掛金額を後から見直せることを伝える。「一度決めたら変えられない」という誤解は加入の妨げになります
当法人では、この説明責任の部分を会社任せにせず、社員説明会・個別相談まで一貫してお引き受けしています。制度は入れて終わりではなく、説明しきって初めて機能します。
まとめ
- 「社会保険料が下がる」の裏側で、将来の年金や各種給付が減りうる
- 影響しうるのは老齢・障害・遺族厚生年金、傷病手当金、出産手当金、育児休業給付、失業給付など
- 原則60歳まで引き出せない。住宅・教育資金には使えない
- 運用結果は加入者の責任。元本割れの可能性あり
- 会社の責任は「入れること」ではなく、正しく判断できる状態をつくること